福井地方裁判所敦賀支部 昭和42年(ワ)20号 判決 1968年8月14日
原告
木谷近
被告
丸吉運送株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは各自原告に対し金六七三、三八五円及びこれに対する昭和四二年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「(1)被告らは各自原告に対し金六、四七二、九四一円及びこれに対する昭和四二年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、(本件事故の発生)
被告丸吉運送株式会社(以下、被告会社という)は、貨物運送業を営むものであり、被告木下正雄(以下、被告木下という)は、被告会社に自動車運転手として勤務しているものであるところ、被告木下は、昭和四一年一二月二九日午後七時四〇分頃、被告会社所有の大型貨物自動車(福井八あ〇〇一五号)(以下、本件自動車という)を運転し、敦賀市野神附近の国道二七号線を進行中、同被告の進行方向に向つて道路の左端に、自転車を持つて倒れていた原告を轢きそのため原告は重傷を負つて、直ちに敦賀市所在の市立敦賀病院に入院加療し、昭和四二年三月一八日に退院したが、右事故(以下、本件事故という)により原告は、右上膊切断のほか、左手中指第一関節骨折及び人差指筋肉故障のため五指完全把握不能となつた。
二、(被告木下の過失)
本件事故は、被告木下の過失によるものである。すなわち、同被告は、自動車運転手として常に前方並びに左右を注視して運転し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然運転を継続したため、路傍に倒れていた原告を、四、五米の至近距離に至るまで発見することができなかつたのであるから、本件事故は、同被告の前方不注視の過失によつて生じたものである。
三、(被告らの責任)
本件事故は、被告会社の従業員である被告木下が、被告会社所有の本件自動車を運転して、その業務に従事中に発生したものである。よつて被告木下は、直接の不法行為者として民法第七〇九条によりまた被告会社は、本件自動車をその運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故によつて生じた後記各損害を賠償すべき義務がある。
四、(損害)
(一) (逸失利益)
原告は、大正九年一一月八日生れで本件事故当時は四六才の頑健な男子であつたから、本件事故がなければ、その余命年数は二五年を保ち(厚生省作成第一一回生命表)、また尋常小学校卒業後大阪市及び各所で、旋盤工として働いていた経験があるから、何時でも旋盤工として転職できる技術を有しており、その稼働可能年数は六三才まで一七年間は保証できる。しかして、原告は、昭和四一年一月一五日から本件事故当時まで訴外下畑組の常用人夫として、日給一、三〇〇円(一ケ月二五日稼働)を支給されていたところ、本件事故により前記のとおり右上腕を切断したほか残つた左手も不自由のため、労働能力を全く喪失するに至つた。したがつて、その逸失利益は、右下畑組より支給の日給一、三〇〇円を基準として、一ケ月二五日稼働するものとして計算するときは、一ケ年に合計金三九〇、〇〇〇円となり、前記六三才まで一七年間では合計四、七一〇、〇〇三円(新ホフマン式)の現価となる。
(二) (付添費)
原告は、全くの独り身のため、身の廻りは勿論、食事はじめ洗濯等一切他人に頼らねばならない。もつとも、原告の兄及び母親が同棟に居住しているけれども同人らは原告とは別世帯であるのみならず、原告と兄とは従前より不仲であつて口も利かない間柄であり、母親は八〇才を越えた老令者であつて終日兄の家に蟄居しておるから、同人らに身の廻りの面倒をみて貰うことは、到底期待することができない。したがつて、原告は、一日金四〇〇円の付添費を支出する必要があるので、これが一ケ年(三六五日)では金一四六、〇〇〇円となり、今後二五年間(前記原告の余命年数)には合計金三、六五〇、〇〇〇円となるからこれによる出費は本件事故によつて生じた損害であり、その現在価額は金二、三二七、八四九円となる。
(三) (慰藉料)
原告は、本件事故により生活の根拠を喪い、他に転職の途もなく、結婚の希望も断たれて、生涯孤独の生活を送らなければならず、日々の苦悩はむしろ死に勝るものがあるから、その精神的苦痛を慰藉するものとしては、金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
五、原告は、昭和四二年八月自動車損害賠償責任保険より保険金一、五六四、九一一円の支給を受けた。
六、よつて、原告は、被告ら各自に対し前記第四項(一)ないし(三)の損害金合計金八、〇三七、八五二円から右保険金一、五六四、九一一円を差引いた残額金六、四七二、九四一円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
右のように述べ、被告の過失相殺の抗弁を否認し、次のとおり述べた。
本件事故当日における原告の飲酒量は、前記下畑組の忘年会に出席した男四〇人余りで七升の清酒を飲んだのであるから、一人当り平均二合程度に過ぎず、原告一人で六合の清酒を飲んだ事実はない。原告は、本件事故当日身体の調子が悪かつたため、悪酔いしたので、自転車をひいての帰路次第に苦しくなり眼まいをして、思わず路傍に倒れるに至つたものであつて、泥酔して路上に寝込んだのではないから、被告の主張するような道路交通法違反等に該当するものではなく、本件事故は、道路交通法違反の前科二〇犯以上を重ねている被告木下の粗暴軽率な前方不注視の過失に基因するものであつて、原告には何らの過失はない。
右のように述べ、立証として、甲第一ないし第六号証を提出し、証人下畑朝男、原幸太郎、山本はる枝の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。
被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として、次のとおり述べた。
一、(被告らの答弁)
原告の主張事実中、被告会社が貨物運送業を営み、被告木下が被告会社に自動車運転手として勤務していること、原告主張の日時に被告木下の運転していた自動車が、敦賀市野神附近の国道二七号線路上において、原告に衝突したことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。ことに原告主張の損害額は失当である。
すなわち、
(1) (労働能力喪失率)
原告は、右腕切断し、労働能力を完全に喪失した旨主張するが本件事故と類似の事案における各判例の認定事例に照し、原告の労働能力喪失率は多くても約四割と認めるのが相当である。
(2) (稼働可能年数)
原告は、旋盤工の経験があることを理由として、その稼働可能年数を六五才まで一七年間と計算しているが、仮に原告が過去において鉄工所等に勤務し、旋盤に従事していたとしても、本件事故当時は土建業である訴外下畑組の臨時土工として、単純な肉体労働に従事していたものであるから、原告が頑健であつたとしても、その稼働可能年数五五才まで九年間が相当である。
(3) (労働日数)
原告は、一ケ月二五日間労働していた旨主張しているが、原告は非常に酒好きであり、常に給料の前借りをし、金が入るとそれが続くまで働かず、一週間近く欠勤することがしばしばあり、給料の前借がしにくくなると別の土建業者の土工として数日働き、また前借し、欠勤するという生活を続けていたのであるから、その労働日数は多くても一ケ月一五日ないし二〇日間位に過ぎない。
(4) (付添費)
原告は、一切の生活不能であり、かつ身寄りのない全くの独身であるとして、今後二五年間、一日金四〇〇円の割合で付添費を必要とする旨主張するが、原告の母訴外木谷タカ及び兄訴外木谷喜一の両名は、原告の隣家に居住しており、身寄りがない訳ではない。のみならず、原告の傷害が治癒すれば、たとえ従前どおりの労働はできないとしても、前記のとおりその約四割減の労働は可能とみるべきであるから、日常生活において身の廻り位は当然可能であり、付添人の必要はない。
(5) (慰藉料)
原告は、慰藉料として一、〇〇〇、〇〇〇円を相当である旨主張するが、原告の入院期間は三カ月に過ぎないから、その慰藉料の額は金三〇〇、〇〇〇円が相当である。なお被告らは原告に対し治療費合計金二六八、五八四円及び付添費合計金九五、〇四五円を支出して、原告の入院中の費用全額を負担し、付添人も専門の家政婦を被告会社において選択のうえ、その看護に当らせ、かつ被告らは、原告の入院中見舞品を持参して何回となく原告を見舞うなど、本件事故に対する反省と誠意を示して来たのであるから、右の事実は慰藉料の算定上斟酌さるべきである。
二、(被告らの抗弁)
(1) (過失相殺)
原告は、本件事故当日清酒六合余りを痛飲して泥酔状態となり歩行困難であるのに拘わらず、自己の自転車をひいて、自動車に轢かれる危険をも顧みず、交通頻繁な国道二七号線道路上を、ふらふらと歩き、本件事故現場において自転車を路上に放置したまま失神し、国道上に大の字となつて眠つていたため本件事故に遭遇するに至つたものであつて、右の事実は道路交通法第七六条第四項第一号、第二号に該当し、同法によつて処罰せらるべき事案であり、本件事故はむしろ原告が自ら招いた事故ともいうべきものである。したがつて原告には重大な過失があるから、その損害の約六割を過失相殺さるべきである。
(2) (損益相殺)
原告は、自動車損害賠償責任保険金として金一、五六四、九一一円を受領したほか、被告会社より慰藉料及び休業補償として合計金八三、四六〇円、被告木下より見舞金三、〇〇〇円を各受領しているのであるから、これらは原告の本訴請求金額から差引くべきである。
右のように述べた。
〔証拠関係略〕
理由
一、(本件事故の発生)
被告木下が、貨物運送業を経営する被告会社に、自動車運転手として勤務していることは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、原告主張の日時、場所において被告木下が被告会社所有の本件自動車を運転進行中、原告と衝突しそのため原告が負傷して原告主張の日まで敦賀病院に入院加療したこと及び右事故(本件事故)によつて原告が右上腕切断、左手掌及び手背開放性骨切の傷害を負つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
二、(被告木下の過失)
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。すなわち
本件事故現場は、敦賀市野神二の四番地先の国道二七号線道路上であり、被告木下は、前記日時、右道路を同市金山方面に向け、被告会社のセメントを運搬するために本件自動車を運転して、時速約四五粁で進行し、右事故現場にさしかかつたが、同所附近は外灯がなく、しかもアスフアルト舗装の路面が濡れていたため、前照灯の照明が路面に吸収されて路上の障害物の発見が困難な状態にあつたから、このような場合自動車運転者としては、特に進路の前方並びにその左右を注視して適宜速度を調節して進行し、危険の発生を未然に防止しなければならない注意義務があるのに拘わらず、これを怠り、僅かに減速したのみで漫然進行したため、折柄進路前方の道路左側に酔いつぶれて寝ていた原告に気づかず、四、五米に接近して初めて原告を発見し、急停車の措置を採つたが及ばず、本件自動車の左側前輪で原告を轢き、よつて原告に対し前認定の傷害を負わせるに至つたものであることが認められ、右認定に反する原告本人及び被告木下本人の各供述部分は直ちに措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そうすれば、被告木下は、前記前方等注視義務などに違反した過失があるものといわなければならない。
三、(被害者の過失)
しかして、右認定の事実によれば、原告は飲酒泥酔して国道上に寝ていたのであるから、本件事故の発生については原告にも重大な過失があつたものといわなければならない。
原告は、本件事故当日身体の調子が悪かつたため、悪酔いをして失神したものであつて、泥酔して路上に寝込んだものでないから、道路交通法には違反せず、原告には何ら過失がない旨主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う供述部分があるけれども、右は〔証拠略〕に照して直ちに措信し難く、また〔証拠略〕によれば被告木下には道路交通法違反の前科が二〇犯以上あることが認められるけれども、右事実は、いまだ前記認定の妨げとならず、他に右原告の主張事実を肯認して前認定を覆すに足る証拠はないから、右原告の主張は採用しない。
四、(被告らの責任)
本件事故は、被告木下が被告会社の事業の執行として、セメント運搬のために本件自動車を運転中に惹起したものであり、かつ被告木下に過失があつたことは前認定のとおりであるから、被告木下は直接の不法行為者として民法第七〇九条により、また被告会社は本件自動車をその運行の用に供していた者として自賠法第三条に基き各自後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
五、(損害)
(一) (逸失利益)
〔証拠略〕をあわせると、原告は本件事故によつて、前認定の傷害を負い、右手を喪失したほか、左手も中指第一関節骨折及び人差指筋肉故障のため五指の完全把握が不能の状態となつたこと、したがつて原告の労働能力は極度に減退し、事故直前まで稼働していたような人夫、土工等いわゆる筋肉労働に従事することは到底不可能であること、しかしながら左手の機能を全く喪失してしまつたものではなく、大きな文字くらいは手記することも可能であつて、原告に稼働の意思さえあれば、例えば倉庫番、留守番などに就職し、その他筋肉労働以外の適当な職務を選択することによつて、若干の収入を得ることも、決して不可能ではないこと、以上の事実が推認され、右認定に反する原告本人尋問の結果は直ちに措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
しかして右認定の事実によれば、原告は本件事故によつて、その稼働能力の九割を失つたものというべきである。
原告は、稼働能力を完全に喪失した旨主張し、被告らは、その喪失率は約四割である旨主張するが、いずれも前記認定に反し、採用できない。
しかして、前掲証拠に証人原幸太郎の証言をあわせると、原告は本件事故当時四六才の頑健な男子であつたこと、本件事故の直前まで約一年間訴外下畑組の人夫として月間平均二五日間稼働し日給一、三〇〇円を支給されていたこと、右下畑組に就職する以前には通算して数年間に亘る旋盤工の経験を有していたことがそれぞれ認められるから、もし本件事故がなかつたなら経験則に照らし、原告はなお二五年余の平均余命があつて、少くとも一七年間は通常の一般労働者として稼働し収入を得たであろうと推認される。
被告らは、原告の稼働日数は毎月一五日ないし二〇日位であつた旨及びその稼働可能年数は九年間である旨主張するが、いずれもこれを認めるに足る資料がないから、該主張は採用しない。
そうとすると、前記日給一、三〇〇円を基準とし、一ケ月に二五日間稼働するものとして計算した月収三二、五〇〇円から、前記稼働能力の九割を喪失したあとの月収に該当する金三、二五〇円を控除した残額金二九、二五〇円が、原告の一ケ月の逸失利益であるから、前記稼働可能年数一七年間の逸失利益の現価をホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を月毎に控除して合算すれば金四、三一一、八九一円(円位未満四捨五入)となる。
しかるところ、本件事故については前記のとおり被害者たる原告にも重大な過失があるから、これを斟酌するときは、被告らに対し賠償を請求し得る損害は、右金額のうちその四割に相当する金一、七二四、七五六円(円位未満四捨五入)とするのが相当である。
(二) (付添費)
原告は、全くの独り身であるところ、本件事故による負傷のため、身の廻りなどすべて他人に頼らねばならなくなり、一日金四〇〇円の割合による付添費が必要である旨主張するが、右主張に沿う原告本人の供述部分は後記証拠に照して直ちに措信し難く、却つて、〔証拠略〕によれば、原告が退院後現在まで付添人を雇うことなくして生活を維持して来たこと及び原告の母親及び実兄が原告の隣家に居住していることが認められ、この事実に前認定の原告が稼働能力を完全には喪失していない事実を併せ考えると、付添人を雇うまでの必要はないものと思料され、他に右原告の主張事実を肯認するに足る証拠はない。
もつとも、〔証拠略〕によれば、原告は、その入院中付添人による付添看護を受けていた事実が認められるけれども、右証拠によれば、その付添費用は被告らにおいてすでに支払ずみであることが明らかであるから、結局付添費に関する原告の前記主張は、すべて排斥せざるを得ない。
(三) (慰藉料)
〔証拠略〕を併せると、原告は本件事故により前認定のとおり二ケ月以上も入院し、右腕切断のほか左手も不自由となつて、現職場を喪失し、他に転職するにも極めて困難が伴い、ことに原告は独身であるから、将来の結婚についても、また日常生活についても相当の困難と苦痛の伴うことが推認され、この認定を動かすに足る証拠はない。これらの事実と本件事故の態様その他〔証拠略〕により認められる医療費等の支払関係など諸般の事情を併せ考慮し、さらに被害者である原告の前示過失を斟酌すれば、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、金六〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
六、(結論)
なお、原告が、事故後自賠法による保険金一、五六四、九一一円を受領したことは、原告の自認するところであり、被告会社から慰藉料及び休業補償として合計金八三、四六〇円、被告木下から見舞金三、〇〇〇円を受取つたことは、〔証拠略〕により明らかであるから、右合計金一、六五一、三七一円は原告の請求金額から差引くべきである。そうすると、原告が本訴において請求し得べき損害額は、前記五の(一)及び(三)の損害合計二、三二四、七五六円から、右一、六五一、三七一円を差引いた残額金六七三、三八五円となり、被告らは各自原告に対し右金六七三、三八五円及びこれに対する損害発生の後である昭和四二年六月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高津建蔵)